香港MBA留学記

香港科技大学MBA留学で経験したこと、考えたこと

タイインターン記

3ヶ月もある夏休みのうち1ヶ月はタイで過ごすことにした。このところ中国推しが激しく、学校でも中国好きキャラとして認識されていたように思うのだが、もとはと言えば東南アジア志向が強く、HKUSTに決めたのも中国に限らず広くアジアを見据えたいという経緯があった。8月からは上海に行って中国漬けになるということもあり、ここはいっちょ以前からの夢の一つであった「バンコクに住んで働く」というのを実現してやるか!と考えたのである。

 

しかしどこで働くか。ふと思い立ってとある会社のオフィス所在地を調べたところ、タイにオフィスがあることが分かり、すぐにCVとメールを送った。翌日面接をしてすぐにインターンをさせて頂けることになった。

 

この会社こそ、実は僕がこの10年以上に亘って密かにウォッチし続けていた人物の会社なのであった。

f:id:shingox13s:20180708173254j:plain

 

彼との出会い

以前の記事(私の就活不採用体験記)で書いた通り、僕は就職活動で某証券会社のいくつかの部門を受けていた。ハッタリ戦略が功を奏して参加できることになったIBDのインターンの初日、あの六本木ヒルズのエレベーターを上がっていく時に初めてその人に出会った。

 

そばにいた元々の知り合いらしきに「やっぱりここが第一志望なんですか」と問われた彼は、「いえ、僕はコンサルかなと思ってます」と答えた。どうやらトップTierの戦略コンサルティングファームのオファーをもうもらっているらしかった。 

 

「すごいっすねやっぱり!」と言われた彼は、少し謙遜の冗談を交えながら満面の笑顔で応じていた。

 

なぜ自分はこの時のことをこんなに細かく覚えているのだろう。やり取り自体は間違いなく他愛もない内容なのだが、彼の身のこなし方、他人との距離感、屈託のない笑顔などからカリスマ性がにじみ出ていた。

 

そして、その時の自分の感覚はインターン2日目のプレゼン時に正しかったことが証明された。のちに某絶好調ベンチャーでCFOを務めることになる某氏と彼のチームのプレゼンは圧倒的で、当代の就活トップ層を集めたはずの集団の中でも群を抜いていた。もう見た瞬間に負けた、という感じだった。この人たちはたった1日でこんなプレゼンを準備できるんだ、自分なんかが受かるはずがなかった、と思った。彼のチームは3人全員オファーをもらい、僕のチームは3人全員落ちた。

 

彼はインターンに参加した人のメーリングリストを作り、のちに飲み会などを企画してくれていたような気もするけど、オファーをもらえなかった自分はそのメーリングリストのメールを見ることすら避けていたと思う。あんなすごい人達と飲んでも、自分は自爆的な一気飲みぐらいしか楽しいことを提供できないんじゃないか?(ていうかそれって何も面白くないんじゃないか?)ぐらいは卑屈になっていたと思う。

 

住む世界が違う人がいるんだな、と思った。そして、彼の名前は自分の中でコンプレックスのような重しとして残り続けた。

会社設立を知る

「いやぁ住む世界が違うと思いました。かなうわけないっすよ」と表面的に思いつつも、心の底では「本当に住む世界が違うのかな・・・?めっちゃ頑張ったら追い越せたりしない?」と粘着するタイプの人間が僕だ。仕事が落ち着いたり、昇進したりする度に彼の名前で検索をかけていた。

 

僕がジュニアコンサルタントからコンサルタントに昇進した頃⇒彼はどこかの会社の取締役に
僕がコンサルタントからシニアコンサルタントに昇進した頃⇒彼は現在の会社を立ち上げ

 

そして、彼の会社はどんどん大きくなっていき、自分の身の回りで入社する人や、新卒の社員が学生の頃にインターンをしていました、などということが増えてきた。

そしてインターン

あまり例のないことだと思うが、インターンではプロジェクトマネージャーとして7人ほどのタイ・香港人メンバーと働かせてもらった。MBAではいまいち自信が持ち切れていなかった非日本語話者チームのマネジメントを、仮にもプロの仕事として出来た点は密かに大きな自信になった。

 

しかしそんなことよりも、彼が創った会社で働くこと自体に大きな価値があったのだと、最終日になりようやく気づいた。最終日の朝、全社員がテレカンで繋がって会社の全オフィス・全事業の業績を共有するグローバルMTGがたまたまあった。CEOの彼が、流暢な英語で会社の現況を説明していく。

 

バンコクオフィスの仕事しかしていなかった自分は、この時に初めて会社の全容を知った。分野としては多岐に亘るものの、軸となるビジネスモデルは一貫しており、かつその肝の部分は自分がかねてから日本の課題だと考えていたいくつかを真芯から捉えている。やっぱりすごいな、と思いつつも、なぜか心が晴れやかになっていくのを感じた。彼が遠くにいくように感じるたびにコンプレックスを強めていたというのに、それは不思議なことだった。

 

学生の頃は手も足も出なかった。社会人になっても、スライド1枚自信を持って書けない自分に、プリンシパルインベストメントで活躍している彼の世界は想像もできないものだった。

 

しかし今回のインターンで感じたのは、意外にも「同じ世界にいるんだな」ということだった。もちろん彼は昔よりもっとずっとすごいし、自分が彼を追い越せるとも思っていない。というよりも、人の能力というのは追い越す・追い越さないという一方向のベクトルで語るべきではないということを今は理解している。その上で、少なくとも同じ次元に立っているんだなということを、肌感覚として理解することができたのだと思う。

 

これまでに同年代ですごい人というのは他にも会ってきたし、それはコンプレックスという形になるものではなかったのだけど、あの時、まだ自分が何もできない時に、就活の苦い記憶と共に感じた想いは長くコンプレックスとなってしまっていた。それは自分自身のキャリア観が成熟してきたことに加え、この十年強自分なりに仕事を頑張ってきたことと、自分の身を彼の世界に投じることによって、ようやく解消することができたのだ。

 

これは予想していなかった収穫だった。10年以上前に東京で得てしまった呪いのような想いを、北京・香港にはじまったこの長い旅の途中で解消することができた。このことは、ここバンコクにおけるその他多くのきらびやかな思い出と共に僕の記憶に残り続けることだろう。

 

P.S. なおバンコクオフィスの責任者との最後のMTGで上記に近い話を一気にまくし立てたところ、「そんなに好きならいくらでもMTGを設定したのに・・・去る前に話さなくていいんですか」と言われたのだが、「こっちが10年以上覚えてるのに、『誰だっけ?』て言われたら僕の心が大変なことになっちゃうじゃないですか!?いいんです話さなくて」と丁重に申し上げたのはまた別のお話