香港MBA留学記

香港科技大学MBA留学で経験したこと、考えたこと

僕のかんがえたさいきょうの武田信玄物語

PCのドキュメントを整理していたら、「武田信玄物語」というメモ書きが見つかった。すっかり忘れていたのだが、今年就活だった従兄弟が、こんなお題が出たのだがよくわからないので適当に書いて出してしまったというので、暇に任せて自分もトライしてみたものだった。従兄弟には黙殺されたので、せっかくなのでブログに残しておく。

 

お題:以下は、武田信玄が残した言葉と言われています。これは、彼自身が経験した苦い体験と、ある成功体験に基づいているとします。その具体的体験を想像してみてください。

「我、人を使うにあらず、その業を使うにあり」

(意味:人を使うというのは思い上がった考えだ。人を使おうというのではなく、そのものが持っている力・技能を最大限活用させて頂く)

 

注意:史実に基づいている必要はありませんので、情報収集は必要なく、なるべく具体的に想像をしてください。

 

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武田信玄が如何に高潔な精神の持ち主であったとしても、生まれながらにして相当の地位にあった戦国武将がこのような謙虚な言葉を遺したとすれば、恐らくその背景には彼自身の価値観に影響を与えるほどの衝撃がある出来事があったことは想像に難くない。「人を『使う』」という態度を取ってしまったがばかりに、彼自身、もしくは非常に近しい人が、命の危険を脅かすほどの出来事があったのではないか。

 

例えば、こんなことがあったとは考えられないか。武田信玄は、恵まれた家庭に生まれたことをいいことに、幼少の頃は乱暴の限りを尽くしていた。年長者を含む父の配下の武将の子供たちを集めては、二つの軍に分けて本気で殴り合わせたり、木の棒で叩き合わせたりなどをして遊んでいた。自分の意の通りに動かないものは、下駄の裏で思いっきり殴りつけた。しかし、信玄には悪意などなく、むしろ「将来自分たちは戦場で戦うことになる。その時に正しい支持の下に正しく動くことができるよう、今のうちに教えてあげるべきだ」と考えていた。「自分は彼らの使い方を学ぶべきであるし、彼らは自分の使われ方を学ぶべきだ」と純粋に考えていた。

 

しかし、ある日おかしなことになった。「二つの軍に分かれよ」と信玄が言っても、皆こちらを見たまま立ち尽くしている。そのうちに信玄より年長の1人が口を開いた。「お前、いい加減にしろよ。お前の家がどんなに偉かろうが、こっちは30人からいるんだ。今からお前が騒ぐこともできない間に口を縛って、用水路の深くに沈めてやる。何も証拠は残らない。お前だけが死ぬ」。

 

信玄は瞬く間に全身を縛られ、子供たちに担ぎ上げられた。用水路に運ばれていく間、恐怖のあまりに漏らした。声を発することもできない恐怖だった。しかし恐怖を感じながらも、今まで自分がしていたことは間違っていたのだ、と考える冷静さも同時にあった。

 

「ようし、着いたぞ。最後に言いたいことはあるか」年長の子が信玄を下ろすと、さるぐつわを解いた。信玄は「謝って許してもらおうとは思わない。自分は、ただ良かれと思っていたが、とんでもなく間違っていたようだ。私達の国を守るために、私達にはやらなくてはいけないことがある。信じてくれとは言わないが、もう一度機会をくれないか」と言うと、左手の人差し指を自ら折った。「この痛みを忘れないようにして生きていく」。年長の子は、実際のところ最初から殺す気はなかったのだが、信玄の意思の強さに心を打たれ、「それならば」と成り行きを見守ることにした。

 

信玄は悟った。この戦国の世、生まれついた家の正統性などに人がついてくるはずもない。如何にいま家来が多いとしても、信頼を失えばすぐに反旗を翻され、命を失う。全国統一を目指すとしても、主君として人としての信頼を得ることができなければ、統治した土地もすぐに翻ってしまうことだろう。結局主君ができること・なすべきことというのは、「人を信頼し、人に信頼されるという循環を、自ら能動的に作り上げていくことにしかないのだ」と。

 

時が経ち、信玄も初陣を迎える時が来た。戦果自体は華々しかったが、兵士たちの動きに助けられた形であり、指揮者としての未熟さを感じさせられる戦いであった。ひときわ目立った活躍をしていた兵士の下に労いに出向き、「素晴らしい活躍だった。次の戦いはもっと楽に戦えるよう、こちらも対策をしたい。ひとまずは勝利を共に祝おう」と声をかけた。兜をとったその兵士はあの時の年長の子であった。

 

「変わられましたな、殿」。この言葉を聞いた瞬間、信玄はあの時改めた自分のあり方が正しかったのだと心から感じられた。そして「我、人を使うにあらず、その業を使うにあり。」という言葉を生涯大事にするようになったのである。

 

以上はあくまで想像に過ぎないが、命を揺るがすほど過ちを認識する出来事が彼又は彼の身近な人の身に起こったのではないか、と思われる。

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よくよく見ると、「業を使う」に関する考察がほとんどなかったようである。

 

おわり