来週マーケティングのクラスでチームに分かれてのディベートが予定されているのでケースを読んでいたのだけど、ふとある分析を思い立って少し手を動かしてみたら、いくつか大きな問題はあるものの、クラスで発表する分には十分に面白いのではと思える結果が手に入った。
コンサルタントの世界から離れて生活するようになって、コンサルタントならではの物事の考え方や表現の仕方の良いところ・悪いところを感じるようになっているのだが、今回20分程度でこの分析を完成させられたのは、明らかに良いところではないかと思えたので、自分の勘を鈍らせないためにも記録しておこうと思う。
仮説から始める。その前に論点から始める
色々なチームでグループワークをすることが多いが、少し本格的な課題になると、すぐに「まずはどんなデータが手に入るか調べよう」「マクロ環境担当、自社担当、競合担当で分担して調査してから議論しよう」ということを言い出す人がいる。他に「SWOT分析をしよう」「PEST分析をしよう」みたいなことをいう人もいるが、結局発想の根底は同じで、要は論点・仮説・メッセージがなく、タスクから考え始めている。
よく勘違いをされがちだが、まともなコンサルティングファームでSWOT分析が報告書に入ることはまずない。SWとOTを掛け合わせて「強みならではの機会」「弱みから生じる脅威」にすればいいかというとそういうことでもなくて、要は「SWOT分析をしよう」とした瞬間に、メッセージベースではなくタスクベースになってしまうからである。自分一人、または社内での発想・議論用のツールとしては悪くないかもしれないが(自分は使った記憶がないが)、それはある意味「試行錯誤」の跡でしかないので、お客様に報告するようなものではない。
結局、内田一成さんが著書論点思考・仮説思考にて説いておられるように、論点思考・仮説思考が、短時間でなるべく高く跳ぶための思考法として優れているというのは恐らく疑いがない。科学研究の世界のことはよくわからないが、安宅さんのイシューからはじめよを読む限り、研究者においても論点思考・仮説思考は基本なのだと思われる。
ということで今回のケースでどのように 進めたか。今回は「ロレアルが買収した中国現地のラグジュアリーブランドを、情緒性推しでいくべきか機能性推しでいくべきか」というのがお題だ。実は我々のチームは「機能性推し」を結論として主張しなくてはいけないということになっているので大論点は明確だ。
そこでなんとなく、「成長著しい中国では、消費者の嗜好性が年々変化しているのではないか」「都市間の格差が激しい中国では都市別の嗜好性に差があり、上海など先進的な都市にはその他の都市の未来を占う特徴が現れていないか」という仮説を思いついた。
仮説を検証するためのデータを探す
あくまでクラスのディベートであり、ケース外のデータを探しに行くことも推奨されてはいないのだが、早速日本語で「中国 化粧品 都市別 トレンド」というキーワードで検索したところ少し古いJETROのレポートが手に入り、そこに以下の図表が載っていた(抜粋)。
これは、都市別の消費者にこれまで購入したことがない化粧品をはじめて買うときの購買理由について複数回答してもらったアンケート結果である。1位の「サンプルを利用してよかったから」はまあいいとして、上海と広州で「機能性」が2位に来ている点が目に入った。よくよく見ると、その他の都市で2位に来ているのは殆ど「商品のブランド」である。
最初に思い立った仮説をこれで検証できるだろうか?と考える。例えば「『商品のブランド』を『情緒的価値』と読み替えた上で、先進的な都市では消費者が洗練されているため、自分自身で機能的価値を解釈して選択する消費者行動に移行している」といったことが言えるか?誰が見ても二つ大きな問題がありそうである。 一つは、ブランドを情緒的価値と単純に言い換えるのはあまりにも乱暴。二つ目は、上海と同レベルの都市である北京では「商品のブランド」が2位に来るほど高く評価されている点に矛盾が生じる。
コンサルティングのプロジェクトであれば、
- 他のデータソースを探す
- そもそもデータを自ら取り直す
- 北京に関するインタビューをする
と、無数の解決策があり得るが、所詮ここまですることを求められていない授業の準備に過ぎないので、むしろ「仮にこれらの問題が解決されたとしたら言いたいメッセージが言えるか?」の方に関心がある。
どのように見せるべきか
なるべく平易な形で分析結果を示せないと、お客様を説得することはできない。ということで検証作業を進めつつ、「どう見せたら伝わるか?」について並行して考える。
当初の仮説「人々が洗練されるほど機能的価値を解するようになる」をもし言えるとすると、二軸のマップで表すことができるのではないか?と考える。横軸に洗練度を表し、縦軸に機能的価値を重視する度合いを示せれば、すごくクリアに示すことができる可能性がある。
縦軸の「機能的価値を重視する割合」を表すにはどうするか。先ほどの表には都市別に重視する項目が順位で示されているが、一応「その項目を重視すると答えた人の割合」も示されている。例えば、「機能性」で重視する人の割合を「ブランド」を重視する人の割合で割ると、数値が大きい都市ほど機能性をより重視しているという、一次元の数値に変換できる。
横軸はどうか。中国統計局のデータで手に入りそうなものを念頭に検討すると、例えば以下のような数値が代理変数として考えられる。
- 一人当たりGDP
- 一人当たり賃金
- 可処分所得
- 可処分所得あたりの化粧品に支出する割合
- 可処分所得あたりの服飾に支出する割合
中国統計局のサイトに行ったところ、一人当たり賃金がすぐに手に入った。上に挙げたデータの中では代理変数としては粗い方だが、あくまで時間をかけたくないので一旦これを横軸に使って散布図を描いてみる。
すると、見たところ明確な右肩上がりの関係性が見て取れる(注:直線は正確な回帰直線ではありません)。試しに相関係数(二次元なら回帰分析の決定係数のルートであり、0.7以上なら比較的相関が強いというのをMBA生でも知っているので有用)を見ると0.82、回帰分析をするとxの係数、y切片共に有意といって差し支えない水準(こんなに少ないデータ数でこんなことを述べるのは嫌なのだが、こういうことを言うと納得する人が世の中多いので。特にMBA生)。
※ただし実は右下に「平均賃金は高いがブランドを重視する都市」として北京が隠れている。これをどう扱うかは明日チームと要相談
何が優れているのか
論点・仮説から考え始める思考法の何が優れているのか。それは、
- 時間を圧倒的に節約できる(限られた時間を有効に使える)
- ユニークな分析にたどり着くことができる
ということに尽きる。とりわけ前者がよく主張されており、自分でもそう思っていたのだが、実は後者のメリットも大きいと今回思った。
論点・仮説なしにボトムアップでデータの収集を始めると、手に入るデータや分析は基本的に「既に誰かが考えたもの」であり、そのデータは「誰かが自分の目的のために集めたもの」である。メッセージありきで、それを示すためにデータを集めるという発想だと、ドンピシャのデータがないことの方が多いので何かの工夫が加えられることになる(新たにデータを集めることも、インタビューをすることも、今回のように「機能性÷ブランド」という操作を行うこともそれに該当する)。
こういうやり方に親しんでくると、「まず業界分析をしようよ!それでわかったことを持ち寄って議論しよう」という進め方が気持ち悪いなと感じるようになる。10ページ程度のケースに書いてあること、10分ググれば分かることだけで仮説の議論を先にしたい。